2019年に読んだ技術史本

この世界が消えた後の科学文明のつくりかた

Dr.STONE』の元ネタと知り,気になって読んだ。 核戦争か何かで科学文明が滅び人類が少数しか残らなかった大破局後の世界を仮定して, 単なるサバイバルにとどまらず,現代のような科学文明を復活させるために何をすればよいかという本です。

石鹸のつくりかた,火薬のつくりかた,動力のつくりかた,電池のつくりかた,無線機のつくりかた等々が解説されるので,読めば読むほどDr.STONEだなという感じ。 とはいえ解説は教科書みたいに詳細だし,作中であまり触れられなかった(これから触れる?)農業と外科の技術もカバーしている。 科学文明の復活を目指すので,必然的に技術史のような内容になる。

こういう技術史系の本読むと,今までとりわけ面白いとも思ってなかった分野が,実は自分達の生活・社会に強烈なインパクトを与えてきたことを知れて少し好きになれる。

例えば学生時代に大してときめきもしなかった「炭酸カルシウム」も,『Dr.STONE』や『この世界が消えた後の科学文明のつくりかた』での持ち上げられっぷりはすごい。畑の栄養状態をよくする,酸化カルシウムにして病気の蔓延を防ぐ,水酸化カルシウムにして水処理する,建設資材にする,海藻燃やして作った炭酸ナトリウムと混ぜて水酸化ナトリウムを作って石鹸づくりに使う,火薬の生成に使うなど割と何にでも使えるし,リアルに生存率に関わる物質なので,「炭酸カルシウムってすごい!好き!」とならざるをえないのだ。

アンモニアを生成するハーバー・ボッシュ法も好き。中学だか高校の先生が話してくれた「ドイツは空気から爆弾を作る」話も好きだけど,本書の「世界人口の三分の一が合成アンモニアによる肥料のおかげで腹を満たせている」話も影響力がデカすぎて好き。僕らの体の窒素のほとんどは合成アンモニアで作った窒素でできているわけだ。こんな手法,教科書に載せない方がおかしい。 今なら言える。炭酸カルシウムはいいぞ!ハーバー・ボッシュ法はすごいぞ!

化学に限らず,高校地理で習ったノーフォーク農法も土地を肥沃にし続けられて家畜も育つのですごいし,小学校から散々させられた手洗いも感染症の半分を防げるので良い。

そのほかトリビア的に好きな話は

  • 自転車の安定性はジャイロ効果あんまり関係ない(前輪のハブがハンドルより前にあるのが大事らしい)
  • 二十世紀初頭から電気自動車・蒸気自動車・ガソリン自動車すべて一般的に使用されていた

あたりです。知らなかった。

「ものづくり」の科学史 世界を変えた《標準革命》

就職してから「標準化」という言葉をよく聞くようになるものの,正直よくわからんと思って読んでみた。 本書によれば,

  • 互換性技術:部品のサイズを定め,同じ製品同士で部品交換ができる技術
  • 標準化:サイズを段階的に分けて種類を減らす
  • 規格:標準の中でも公的に定めたもの,デジュールスタンダード(⇔デファクトスタンダード)

だそうだ。

標準化誕生のすごい大ざっぱな歴史はこんな感じ。

まず,部品のサイズを統一することで同じモデルの銃同士で部品交換ができる互換性技術が18世紀のフランスで提唱・開発された。これは戦場で武器を応急修理する(部品交換で済ませる)という軍事上の利便性から生まれた。

互換性を持たせるには部品を決まった形に加工する技術が必要で,これは工作機械の導入によりなされた。工作機械の導入は豊かな資源に対して労働力の不足していたアメリカで特に盛んになった。(一方ヨーロッパは職人気質でイギリスでもラッダイト運動起こしてたくらい)

同じ形で部品を作れると標準(規格)を定めることができるようになった。最初はネジの規格,パイプの規格あたりから始まって,タイヤもドアも規格化されるようになった。標準化は部品サイズを少数の種類に絞るため(例えばアメリカの産業経済局は国内に287種類あったタイヤのサイズを9種類に削減した),全国規模で連携した大量生産を可能にした。(一つの工場が一つの品種の製造に専念できる)

逆に言うとそれまではネジですら同じ大きさのものはこの世に一つもなかった。標準化が当たり前の現代からしたら考えられない世界である。部品同士のはめ合わせもその都度やすり掛けして調整していたという。

標準化もミリタリーと絡むと魅力的に見えてしまう。標準化は第一次,第二次大戦でのアメリカの勝利を決めたといっても過言ではないそうだ。「物量のアメリカ」の背景には,豊富な資源だけでなく標準化による武器の大量生産体制の活躍もあったわけだ。

ちなみにストラテジーゲームCivilization 5のテクノロジー「共通規格」を取得すると「第1次大戦歩兵」を生産できるようになる。そういうことだったのか。標準化は強い!

Runtime error - Civilization5(Civ5 シヴィライゼーション5) 攻略Wiki

ミリタリーな話が多いけど,作業の標準化,安全規格,キー配列,通信プロトコル,輸送系(コンテナサイズの規格とか)といった身近な話も扱われてます。

僕はこの本を読んでから,家の黒靴下を1種類に標準化して互換性を持たせてみました。 ペアを探さなくていいのと,一つ失くしても使い続けられるのでので便利!

工学の歴史ー機械工学を中心に

機械工学を中心に,運動学の始まりから,建築,時計,水車,蒸気機関,鉄道…の技術史を扱った本。もともと別物扱いだった「科学」と「技術」がルネサンスあたりから融合し始めて,産業革命後期では科学による技術の裏付けが欠かせなくなり,理工系という人たちが生まれた。けどこれからは理工系に加えて人と社会のこともよく分かる人が大事だよねという話。

この技術史本は出てくる登場人物が軒並み「数学・理科の教科書で見る偉人」なので,「信長よりニュートンが好き」という人にとっては心が躍る内容になっている。

何よりも,引用される参考文献のリアリティがすごく良い。 例えばニュートンの『プリンキピア』(1687)を紹介するにもこんな感じ。

 『プリンキピア』の構成は「著者から読者への序文」,「定義」,「公理,または運動の法則」,第1編「物体の運動について」,第2編「(抵抗のある媒質中における)物体の運動について」,第3編「世界体系について」となっている.「定義」では質量,運動量,力の定義と絶対時間・空間に関する注があり,「公理」ではいわゆる運動の三法則とその系を述べて本文への導入とする.第1編では中心力のもとでの運動で,ケプラーの法則の証明や惑星の運動に必要な力学問題が扱われる.第2編では抵抗と速度の関係を種々仮定したときの媒質中の運動,流体力学,振動,波動,流体の円運動が述べられ,デカルトの渦動宇宙論が力学的に成り立たないことを徹底的に論破する.

ニュートンはプリンキピアを著した」くらいの話は聞いたことがあっても,その書籍がどのくらいのボリュームで,どんな構成で,どんな内容がどこにどんな風に書いてあるかまでを知る人はなかなかいないと思う。本書はそこまで踏み込んでくれる。今まで歴史上の遠い存在だった文献が,蔦屋書店とかGoogle Scholerにあるんじゃないかってくらい身近な存在に感じられる。

ガリレオが晩年に書いた『新科学対話』(1638)は,彼の動力学研究(放物運動とか衝突とか)の集大成を,登場人物の対話を通して紹介するらしい。図もすごくコミカルで,今で言う「漫画で分かる動力学!」みたいなことをガリレオさんもやってたんだなと思った。

Kindle読書履歴に基づくおすすめ

技術を歴史と絡めて知るのも楽しいし,歴史の背景に技術を見出すのも楽しい。

こういった本をもっと読んでみたいのでKindleのレコメンドを確認してみた。

  • 科学の発見
  • 科学の社会史
  • パラダイムと科学革命の歴史
  • 世界史を大きく動かした植物
  • 医学の歴史
  • 人はどのように鉄を作ってきたか
  • 世界をつくった6つの革命の物語
  • 天才数学者はこう解いた、こう生きた
  • IT全史

本の消化力が心配だけど2020年も楽しめそう。